「もう年だから」「女性だから」負の思い込みを手放そう!

自己肯定感、セルフイメージを上げて行きましょう。

進路で一悶着

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こんばんは

セルフイメージサポーターMitsukoです。自己紹介はこちら

今回は進路で父と揉めた話です。

 

私が学生の頃は普通に男女差別がありました。

高校3年になって進路指導で先生が真顔で「縁遠くなるから4年制大学には行くな」と

言っていた時代です。

 

もうその頃から結婚する気はありませんでした。

男らしさをはき違えた父の居る家は暴力と罵声の世界。。

世間の男性も外面が良くて、家に帰ると家族を苦しめてると思っていました。

 

私は漫画ばかり描いてたので美術系の専門学校に行きたかったが

スポンサー(親)が絶対に許してくれませんでした。

 

「お前、ボロボロにされるぞ」

「えっ?勉強しに行くんだけど。。」

 

スポンサーは偏見が強いので美術学校は不良のたまり場だと思っていたようです。

今は良いですよねー、SNSや同人誌で稼ぐ事が出来て。。

 

なじられたり殴られたりするので臨床検査技師専門学校に通う事になりました。もうその頃はスポイルされ、言う事を聞くしかないと思ったのです。情報もコントロールされていたのでバイトでお金貯めるという発想が出てこなかったのです。

まだネットのない時代でしたから。。

 

今になれば子供を守るためにしていた事だと理解できます。

その当時は本当に父を恨んでいました。

 言う通りに動かそうとするやり方、ハンパなかったです。。

 

母は何でこんな男と結婚したのでしょう?

母の時代は女性を嫁がせる事を片付けると言っていました。

20代の娘が居る家族は娘と年齢の合う男を探し回ります。

体良く暴力男と思わずに嫁がされ、「片付けられた」のです。

幸せになれるかは二の次です。外面よくて家族には当たりが強くて、世間体を気にする人達、嫌だなぁと思いました。

 

勝手に母と同じ轍を踏むと思い「俺は嫁には行かん!」と強く思いました。

こんなんで幸せになれる訳がありません。

親と同じように偏見と思い込みの強い人間に育っていました。

続きは次回。。